月別アーカイブ: 2018年4月

石のリーディングについて

これまで10年近く石のリーディングをしてきた中で、最近感じることですが、
石の波長も人間も常に流動的に変化しており、
あるときに、ある人が受け取ったリーディングだけで石を限定してしまうことは
出来ないのではないかということです。

石は、人間と比べて想像もつかないほど長い年月を経た存在であり、
あまりにもレベルが高くて、言葉に出来ないことも多々あります。

それをリーディングして言葉に置き換えるのは、
本当は無理にスケールを縮小してしまうことではないか
という気持ちがあります。

本当に必要なリーディングは、自分が新たな視点を持った時、
あるいはある視点を削ぎ落としたとき、
その時に必要な、重要なメッセージが降りてくることが多いです。

そして、石が持ち主にとって本当に重要な情報を開示するのは、
持ち主との奥底からの対話によってだと思います。

石は、私にとって、一瞬一瞬の私の霊的な成長を少しも見逃さずに、
私が理解出来るぎりぎりのところでのメッセージをくれる教師のような存在です。

真剣に進歩しようと思っていれば、思わぬヒントをもらえることがあるので
忙しくても、一歩立ち止まって、石に意識を合わせるのは、
豊かな体験です。

石は、崇高な存在で、遙か彼方まで広がる宇宙のスケールを、粒子として、
身体に振動として、伝えてくれることもあり、
そんな時は、そこにどんな解釈を持ってきて良いかも分からず、
ただ身をゆだねて、自分が元来た場所は、きっとそこにあるのだろうと
自分の大きさを今までに身につけた概念や思考だけに限定しないでいいことを
教えてくれる石に感謝するしかないです。

ただ、石の波動を全身で感じると、あまりに深く感動して、胸に秘めておくことも
興奮して、話さずにはいられないことも
ままあります。

本来は、持ち主が、石と共に真摯に生きて、石に対して、謙虚な姿勢を持つことにより
初めて、石は、その人の成長に本当に必要な、カスタマイズドされた内容を話してくれるのだと、
私は考えています。

リーディングは、表現として良いと思いますが、
人から聞いたり読んだ内容を枠にして、そこから出られないことがないようにと
お願いしたいです。

どんな著名な人の書いたリーディングにすら、頼り過ぎずに、
それを「絶対」と思わずに、鵜呑みにせずに、
単純に目安、あるいは、一つの「ものの見方」として受け取って頂いて、
石を手にして下さったならば、
「自分で感じようとすること」と、
「石との対話を試みること」をお願いしたいです。

もし、対話が出来ない、と思われたなら、諦めないで、
寝るときも枕の下や、眉間に貼ったりなどして、一緒にいて、
あるいは、聞こえにくいときには、オーラソーマのクイントエッセンス
「セラピスベイ」をつけたり、
水で洗い流してみたりして、石の声に、耳を澄ませてみて下さい。
準備が出来れば、メッセージを受け取れると思います。

寝る前の「有り難う。」
この気持ちのこもった一言で、石と繋がることができ、
夢の中で、メッセージを伝えてくれ、
そこから学ぶことも多いです。

個人的には、石を手にとって、石のメッセージが入ってくるときには、身体が浄化されて、
通りの良い筒の様な状態になり
ハートが開かれ、ハートでメッセージを受け取り、
その振動と出来るだけぴったりくる言葉にします。

石からの浄化に頼ると、石に負担がかかるので、
石がしてくれるのとはまた別に、自発的な身体と心と魂の浄化・精進も大切だと思います。

石は、最終的には持ち主が健全な人間性を持って生きる事で
地球本来の姿を取り戻すよう
願っているのだと思います。

石を持つ方には、共に歩む「友人」あるいは「先人・教師」として、
色んな角度から、石が本当に伝えたい、
その時の自分にとって一番大切な情報を受け取る事が出来るように、
敏感になって、石とつきあって頂ければ、とても嬉しいです。

リーディング担当のスタッフより

富士桜の花びらの味

山中湖にもようやく春が来ました。

山桜が、華奢ながらも、力強く咲いて、小鳥たちも大喜びです。

桜の花は、メジロやヒヨドリだけでなく、
シジュウカラやヤマガラも好きなようで、
次から次へと、夢中でついばんでいます。

そんなに美味しいのかなと、
私も木に「一ついいですか?」とお願いして、頂いてみました。

少し渋くて、とても苦い味。
ハートが強烈に開くと同時に、全身の細胞がエネルギーに震えていきます。

マイナス19度にもなった長く厳しい冬を堪え忍んで、やっと巡って来た春に
咲くことの出来る生命の「喜び」の波動。

忍耐という「力」の波動。

忍耐とは、「美」でもあるという波動。

「生きていることが、すでに凄い事である」という
説明も理由も何もない、
単純に、「命を愛おしむ」波動。

そして、生きる事は、厳しい冬を乗り越えるという意味で
厳しさであり、
忍耐であり、
それでもなおかつ次の春まで生き抜けたことは
喜びであり、
それらを全て包括すると
生命とは、力であり、美であり、愛であるというような教えが
波動として、身体全身を駆け巡り、
ハートが花びらが開いたように
ピンク色に輝きました。

たった一つの小さな桜の花が、
私にくれたエネルギーは、桜の命そのもので、
敬服するより他は、なく。。

このエッセンスを吸って、小鳥たちは生きているのだと知りました。
智慧のある小鳥たち!
こんなことも知らないで、「桜の花とヒマワリの種と、どっちが美味しい?」と聞く、私のことを
シジュウ達は、なんと思っていることでしょう。

こんな私にも、お願いして、許可を得てから頂く事で
メッセージをこめた薬をくれたのだと
理解しています。

マイナス19度になる、この冬の厳しい山中湖が、
私はとても好きです。

この春が来てくれて、桜が咲いてくれて、
木々達、そして動物たちが生き抜いてくれて、
私は、ただ、ただ、嬉しく、そして、有り難いです。

何もかも、生きていて、生かされていることが
とてもとても有り難いです。

クンルンネイゴンのレベル2で、伯井由紀さんに「光合功」というのを伝授してもらい
毎朝、太陽の光を身体を通して喜びと感謝の波動に転換することを始めたばかりですが、
太陽によって、全てが生かされていることを実感し、
全ての公平さ、
全ての存在の有り難さ、
いとおしさ、
そんなものに気づき始めた、この頃です。

手のひらを合わせて、感じること

最近、掌を合わせると、周りの物質、自分のもの、そうでないもの
意識の上にあるもの全てが
合わせた掌の前にあるハートに集まって来ます。

そうして、全てが自分のものになってしまう感覚が湧き起こると、
あまりに有り難くて、かたじけなくて、「有り難い。」と思うと
全ては、一瞬で霧散し、粒子になります。

私の意識は、粒子の一粒一粒になり、
同時に、全体となります。

全体になるかと思うと、肉体の意識に戻っています。

合わせた、両掌の起こすマジック。

手を合わせるだけで、周りのエネルギーが身体に集まり
自分が、限りなく小さくなり
同時に全体となるような
不思議な感覚を持った肉体に
変わってきていることを感じる日々です。

クンルンネイゴンのボディワークは、
確かに効果があるようです。