月別アーカイブ: 2017年12月

アンダラの役割

『ハウルの動く城』を家族で見て、
思いついた事をやってみました。

統合しようとしても、断固として拒否されてしまい
どうしても統合できない「ダークサイド」を
ハウルの心臓がソフィーに戻される時のように、
愛の前に降伏して、
一人二役で、「心からの愛を持って、抱きしめる」試みです。

が、やってみたら、出来ました!

浸透圧がかかったように、抱きしめられた「ダークサイド」が
身体に染みこんで行き渡り、
欠けていたエネルギーが充満し
「自分が自分であって良い。」
「私は、私であるところのもの」という感覚が
身体中で湧き起こり
ダークサイトとは、戦ってはならなかったし
戦う方法では、統合は決して出来なかったことを理解しました。

今まで、浮遊霊などに対して、
同じやり方でやって来たのに、
自分に対しては出来ないというのは、
おかしな話で、
「本当に自分を愛することが出来なくして、
人を愛することは出来ない。」
と言われるように、
私は、浮遊霊も、こんなに愛していたはずの家族も自分も
結局のところ、愛してはいなかったのだと
苦しんだ挙げ句の「降伏」でした。

それで、この先祖7代から渡る、同時に前世から
何度も魔女や巫女として殺された
壮絶な記憶から、
身を守るために、能力は決して使わない、見せない
そのための自己否定でもあったため
大変根強く、これを完全に抱きしめるには
一度では済まないかもしれませんが
たぶん、このやり方で良いと思います。

ネリー夫人から譲られた、緑色の丸いアンダラがあります。

クリスマスに、木彫り聖ニコラスと一緒に
飾ってあるのですが、あまり幸せそうではないので、
聞いてみると、

「私は、インディアンのあの魔女とその家族が好きだった。
あの家に帰りたい。」

なるほど。どうしよう。。

さらにリーディングをすると、

インディアンの祈り、自然に人が融合し
真に自然の心を理解し、
完全な人間になるその「道」が
アンダラに託されており、
アンダラがここに来たのも
その「道」と祈りの「心」が
私に託されたからなのだと分かりました。

それで、私はアンダラにこう言いました。

「分かりました。では、私は、これまで私が味わってきた
壮絶な自己否定の道筋を、
自然と融合する努力を続ける行(クンルンネイゴン)により
自己肯定への道へ変容させる
その方法が分かったので、
今度は、ネリー夫人から託された者として
そのお仕事を石を通じてお手伝いする役を引き受けたいと
思いますが、
あなたは、それを受け入れてくれますか?
そして、私に力を貸してくれますか?」

そう心の中で伝えると
アンダラは内側からエネルギーが変わり

「それで良い。」
と答えてくれました。

聖ニコラスの木彫りの人形の前に
置かれた緑のアンダラは、
人の変容、
自然を対象物として扱うのでは無く
自然の中に、宿る精霊のような存在として
自分を木の目から見る
そのような人間への変容を助ける
本物の魔法使いの石へと
役割を認識してもらい
光っています。

人の心の変容こそが
余分な思考の浄化こそが
自然へと帰る道であり、
クリスマスに相応しい
最高のプレゼントだと
個人的には思います。

外側の世界と共振する

最近感じた事を書きます。

たまに付着してくるエネルギー体に対して、善悪の判断や、
強い拒絶の感覚が薄らいだせいか、
今までは上昇して、頭のはるか上空の第7層の扉に送っていたところから
今は、自分の内側にあると確信している
同じ第7層の扉に「どうぞ」と言って、温かく迎え入れることが出来るようになった、
それが嬉しいです。

自分と浮遊霊は別物だと思う事で
生まれていた葛藤が、境界線を薄くして、区別をしないことで
共鳴し、自分の中の神聖な扉に迎え入れるその方法は、
今まで試したどんな方法よりも
簡単に霊を創造主の元に送ることができるように思います。

過去において自分も浮遊霊だったかもしれない。
それもよい体験だったに違いない。
同じ人間として経験した、宝物としての体験。

それを尊重する距離感と、共振することが出来るハートのスペースが
生まれて来たように感じます。

そうすると、今度は、以前より付着物が付かなくなってきたように思います。

クンルンネイゴンという行を行う内に、
皮膚の外側と、内側の共振が起こり
それと同時に、子供時代に、自然と共鳴していた感覚が湧き上がって、
こんなにも自分は、自然を愛していたために
それを体験したくて、
生かされていた事実を知り、
それを体験したいから、周りの自然や人たちが、自分を助けてくれていた

そして、今、私は、ここにいたいからいるのだ
いさせてもらっているのだという認識と感謝が
湧き起こって、至福の感覚を味わいました。

自分が自分の外側に広がって、世界を体験する感覚が
新鮮で、ハートに喜びの感覚となって
湧き上がります。

ここで起きている事は、子供時代の全肯定のように思います。

自然を愛して、愛されてきた自分の本質を受け止めることは、
それを受け入れられないために、他の事で満たそうとする
必死のエゴの働きを自然と抑制し
穏やかな思考へと移行させることを助けるようです。

他者との比較したり、型に当てはまらなくても
そのままでよいという、解放されたような心境には、
何か満たされた感覚があります。

この感覚をさらに深めて、
自然と共振出来ている自分であるために
意識的に努力を続けたいと思います。