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ヒヨドリの赤ちゃん

最近の出来事です。

先日は、「ウークークックー」と窓の外の鳩に向かって、
鳩の鳴き声を練習していて、山鳩と仲良くなりました。

鳩は、「違うよ」と言うように、ちゃんときれいな声で、鳴いてくれます。

姿を見つけて、「おーい」と言うと、近くに飛んできてくれます。

今度は、ヒヨドリの幼鳥と仲良くなりました。

今年も、去年も、一昨年も、
庭の同じ木で巣立っています。

ヒヨドリを見つけると、いつも「ヒーちゃん」と話しかけます。

家に着くと、飛んできて、「ヒー」と挨拶してくれます。

この2羽は、いつも一緒にいる幼鳥ですが、
私の姿を見つけると、私のいる部屋の窓辺に近い枝にやって来ます。

そして、かわいく、「ヒーヒー」と鳴きます。

そこで、「ヒーちゃん、ヒーの赤ちゃん、ヒーはかわいいね」とか、
「そうやって、くっついて寝るの?」とか
「まだお家に帰らないの?」とか
私も、延々と話しかけます。

すると、葉っぱについた雨のしずくを飲んだり、グルーミングしたり、
ぴったりくっついてまどろんだりします。

しつこくしても、嫌ではないらしく、
ずっと近くの枝に止まっています。

私のこと、好きなのかな?

しばらくすると、下の方で、隠れて見守っていた親鳥が向かえに来て、
飛んで行ってしまいます。

また、明日も会えるといいな。

夜のしじまに

星一つない梅雨の真夜中

夜のしじまが、頭の上から降りてくる

たっぷりとした無音に、木々の世界は満たされて
身体ごと沈んでいく

足は、地面に溶け、
根が生える

地球と一つになる

夜のしじまに、身体は溶けていく

黒い聖母のような
あまりに豊かな闇に抱かれて
癒やされ、愛され、どこまでも深く落ちていく

夜のしじまに

モミの新芽の味

今日は、新緑の山中湖で、中1の次男とテニスをしました。

次男は、私のコーチ役を引き受けてくれます。

私が失敗して、変なところにボールを飛ばしてしまい
笑い転げていると、小鳥が、コートの脇のネットに止まって、
話しかけるような、鳴き声を聞かせてくれます。

そして、行き交うボールの上を何度も飛び交い、
まるで遊んでいるかの様です。

そして、ふと見ると、コート脇に植えてあるモミの木の新芽が
あまりに美しく輝いていて、そして、美味しそうだったので、
木にお願いして、少し頂いてみました。

最初、飛び上がりそうなくらいに、刺激的なえぐみ、
それとは対照的に、舌に広がるえも言われぬ甘露のような甘み、そして、
もの凄いスピードと力で
ハートを開いてくれました。

ハートが緑色に色づき、振動するような感覚になりました。

有り難くて、何度もモミの木にお辞儀をして、
標高1000メートルの遅い春の森の祭典に参加させて頂いた気がして、
湧き上がる感謝の気持ちを抑えることが出来ませんでした。

次男は、鳥に話しかけたり、モミの木にお辞儀する母親を
恥ずかしくも、受け入れてくれているようです。

そして、次男も大の動物好きで、
小鳥やリスなどの動物たちは、
庭で何かしていても、集まって来ては、次男に話しかけるように、
鳴いてくれるそうです。

道でお散歩中の柴犬などに出会っても、
何故か、次男には、強くしっぽを振って、飛び上がって、
遊んでもらいたがるのです。

同類だと思っているのでしょうか。

そして、今日は、リスのこどもが遊びに来ました。

窓の直ぐ近くに、私にも、真正面に白いお腹を向けて、
目をぱちくりしながら、
ヒマワリの種を食べる姿を見せてくれました。
ほわほわの毛、雨に濡れた耳、純粋な目の光、
繊細で柔らかそうな身体、
かわいらしくて、ハートが全開の瞬間でした。

赤ちゃんは、ちっとも怖がらないので、
毎年、この季節は、最高です。

山中湖の初夏の報告でした。

ヤマガラくんの特別な歌

4月に入ったというのに、今日は、一日中寒く、雪が積もりました。

車から出て、家に入る途中、
謎の鳥が、今までに聞いたことのない、繊細で複雑なメロディーを
ところどころビブラートを効かせて
私の歩く先に飛んで行って枝に止まり、誇らしげに歌ってくれました。

不思議な声だったので、新しいお友達かなと
私の歩みに沿って歌ってくれる声を辿ると、
たくさんのシジュウカラの中に、
歌うヤマガラくんを見つけました。

毎日庭に来る、「うちの」ヤマガラくんです。

これまで随分長く一緒にいて、一度も聞かせてもらったことのない、
あまりに素敵な歌だったので、ものすごく感心して、
思わず、「素敵!」と叫ぶと、
ヤマガラくんは、誇らし気です。

雪が降って、虫がいない日にもらったヒマワリの種が、
格別美味しかったのか、
それともお礼なのか、
ヤマガラくんからの特別な贈り物でした。

鳥の鳴き声と言えば、時々、「ジジジ・・」と警戒して鳴くシジュウカラに、
「ツピツピツピツピ・・」私が春の歌を真似して鳴くと、
とても不思議そうな顔をして、ぴたりと黙るので、面白いのですが、
この歌は、とても複雑で難しかったので、
真似は、難しそうでした。

キビタキくんなど、鳴き声を真似すると、「これもできるか?」と言わんばかりに
少しずつ、鳴き声のバージョンを変えて、
仕舞いには、素晴らしくビブラートの効いた、とても美しい歌を歌ってくれることがあります。

「これは無理だな」と諦めて、「上手!」と褒めると、
満足したように、飛んでいってしまいます。

以前、バードウィッスルを口の中に入れて鳴らすと、
たくさんの鳥が集まって、散歩について来てくれました。

どこに鳥が隠れているのか、不思議に思ったのでしょうか?

ですが、以降、どんなに試しても、来てくれなくなりました。

正体がバレてしまったのですね。

鹿に試した時は、もの凄く驚いて、何度も首をかしげて、目をぱちくりさせていたので、
「あんなに鹿が驚いているのは初めて見た。」と
主人が笑っていました。

私の悪ふざけに付き合う主人は、なかなか忍耐強いと思います。

今は、私の方で飽きてしまったので、
バードウィッスルこそ使いませんが、
口で歌を真似するのは、楽しくて、止められません。

森の鳥談義でした。

春の気配

春の気配がします。

といっても、標高1000メートルの山中湖の新芽は、
5月までお預けです。

窓のすぐ近くの枝に、ヤマガラがつがいで止まって、
「ツーツーピー・ツーツーピー」と
春の歌を聴かせてくれます。

あまりにも春が待ち遠しくて、降る粉雪も、私の目には、
ひなあられのお砂糖のようです。

寒くても、雪が空から降ってくるのを
ひたすら眺めて、その静かで純粋な結晶の波動に
全身清められながら、感動して、
ずっと立ち尽くしてしまいます。

特に夜。木々に囲まれた庭に出て
雪かきをすると、
空から降りてくる精霊たちのダンスがあまりに美しく整っている
静寂の世界にいられること、
幸せすぎて、じんときます。

自然とは、純粋さ。

山中湖の自然に生かされて
今日も元気にがんばります。

姿勢と心

最近、面白いことに気がついて、
それは、背中を真っ直ぐにすればするほど
身体の全てを引き上げれば引き上げるほど、
思考がクリアになり、
そうすると、ネガティブな波動も入りにくくなり、
入っても、抜けやすくなることです。

これも個人的な体験なので、
他の人に当てはまるか分かりませんが、
同様に、スワイショウという両手を前後に振る動作を繰り返すと
消化酵素が増えるのか、
消化が良くなり、身体がスッキリし、しかも痩せるようです。

これが面白いので、暇な時はスワイショウを楽しみ、
また、じっとしている時は、座っている時も、立っている時も、
背中とお腹と胸と首をピンと引き上げて
少しニュートラルな状態を楽しむことが出来るようになりました。

身体と心というのは
リンクしているものなのだなと感じるこの頃です。

小さなお客様

シメが、窓ガラスにぶつかってしまいました。
バードセイバーのステッカーが貼っていない方の窓にです。

脳震盪を起こして、冷たい空気の中では、死んでしまいそうでした。

手の上で温めようとしましたが、
回復まで時間がかかりそうなので、
玄関で介抱することにしました。

シジュウカラ達が一斉に集まって、枝に止まって、
固唾をのんで見つめていました。

ヤマガラが、家に入れるつもりなのか?!と
警戒して、ピーピーピー、ジージージーとしきりに鳴きました。

けれども、今にも死にそうな気がして
少しでもあたたかいところにと思って、
結局家に入れてしまいました。

小さな段ボール箱にタオルを敷いて
その上にシメを置いて
黒い布を半分かぶせました。

次男と二人で、「シメ、がんばれ」と言い続けましたが、
片目しか開けられず、立ち上がることも出来ないままで、
いてもたってもいられず、
後で調べたらそんなもの与えたら、ダメだったらしいのですが、
アマゾンのシャーマンが調薬したらしい「ダイマン」というエナジードリンクを
水で薄めてスポイトで少量与えたら
急に元気になって、立ち上がり、
それから眠ってしまいました。

次男は、シメの頭のにおいをかいで、
「健康な匂いがするよ」と言っていました。

そして、次の朝、シメは、元気になって
空に飛び立っていきました。

そのシメは、今日、家の庭に遊びに来ていました。

窓の一番近くの枝に止まって、
グルーミングしながら、気のせいか、甘えたように、こちらを見ています。

「シメが、戻ってきたよ!」

家族も嬉しそうです。

他の野鳥たちも、私たちに気を許してか、
より近くに寄って来るようになりました。

捕まえて食べないと分かったのでしょうか?

ヤマガラは、私と次男が庭に出ると
ツーツーピーツーツーピーと都度、近くに来て、
春の歌を歌ってくれます。

みんな元気で冬を乗り越えられますように。

クモくんの大きな目

最近、小さな生き物に興味が出てきました。

家にいる、あるいは、道端にいるクモとか、カメムシとか、しろばんば、とかです。

道に小さな緑色のクモがいると、「危ないよ。」と言って、
車にひかれないように、足をそっとつまんでどいてもらいます。

主人は、私の方が、危ないと思うけど。と言います。

幸い、緑のクモは、刺したりしませんでした。

おとなしく、つままれてくれました。

主人が、たまたまテーブルにいたクモを見て、
「カワイイ目をしているよ。ロボットみたい」と言ったので、
「まさか。」と思いましたが、
ルーペを持ってきて見たら、
大きな丸い目が、二つくっついて、あまりに絶妙で完璧なバランスのかわいらしさに驚き、
と思うと、目の前で拡大された毛むくじゃらのクモが動いたので、
スリルとかわいさに、
思わず絶叫してしまいました。

「クモの目に、良く気がついたね。」と言ったら、
太陽の光を浴びて、目がきらりと光ったのだそうです。

カメムシは、昔、ガムテープで捨てていました。

今では、出来るだけやさしく丁寧に話しかけて、
歯ブラシにくっついてもらい、外に退出願います。

不思議と、素直に言うことを聞いてくれるのです。

以前は、暴れ回っていたカメムシくんが、
優しくすると、ちゃんと、おとなしく出ていってくれます。

私の態度が変わったのは、たぶん、今は小6になる次男の影響です。

彼は、生きているものにも、生きていないものにも、とても親切な人です。

以前、彼が助けたカメムシをトイレに流したら、
涙を流したので、
私も、鬼のような心を少し反省して、
今では、カメムシは、かわいくて、いとおしいやつです。

星が鳴る夜

昨晩の星は、今まで見てきた山中湖の澄んだ夜空の中で、
とりわけ綺麗でした。

瞬く星、遠くで光る雷。
星が鳴らす音が、シャンシャン、キララと身体に響くようで、
心地良さに身を委ねていました。

すると、一つ一つの星からの光線と身体が繋がって
身体と星々が響き合う感じ、
一つ一つに見守られ、
自分は、自分と思っているこの身体以上の存在であること、
その存在の全ては、瞬間瞬間において
常に応援されていること
真っ直ぐに、一生懸命、今を生きなさいと言っていること、
そんな事を言われた気がしました。

これは、私がレムリアンシードを手にして感じることと同じで
私たちは、実は星なんだなと思いました。

もっと敏感になれば、個々の星の様々な響きも、
人々が実は星であることも、
見たり、聞いたりする事が出来るだろうになぁと
もどかしく感じます。

手をKan.さんに習ったタントウの手にすると、
ハートから大きな熱くて抱えきれないものがあふれ出て
対象物が分からない愛おしさを感じながら、
自分は一体、どこへ行くのかなと思います。

いつか、100歳まで生きられたら、星と、
それから、森の小鳥たちと、ほんものの対話がしてみたいです。

気の世界に少し踏み入る

石とは、あまり関係ない話ですが、
個人的に、クンルンネイゴンという道教のことを習ってから一年以上経ちました。

一年近くワークした後で、Kan.さんというマスターに出会って、
クンルン以前に、自分には、基礎が全然無いことがやっと分かり、
気を下丹田に貯めるために、リーディング、チャネリング等は、一旦休止し、
身体の下丹田のワークに時間を掛けています。

前後、ねじりスワイショウ。タントウ。収功。

その他、地道な行諸々。

しているというよりも、させて頂いている、
たぶん知らないところから見守られている、
生かされている。有り難い。という意識が、時々ハートから湧き上がります。

始まったばかりで、右も左も分からず、
清蓮さんという方に身体の使い方を教わったり、
「気功革命」盛鶴延著という
大変分かりやすい本も読んで、
少しずつ、気の世界が目の前に広がって来たようです。

ただ、全く何も進化が無かったということではなく、
たぶん、何かが変わり、それは、以前と比べて、
外の邪気の影響を受けづらくなったのに、波動にはより敏感になった、
誰とでも同じように(動物にも、人にも)ハートを開いて接することが出来るようになった、
(鼻のつけ根の奥の骨、「蝶形骨」の振動というものを初めて体験してからというもの)
まだ7年目ですが、毎日レッスンしているバレエが少し上達した、
(全身の力みが取れて、歯の食いしばりがなくなり、
引き上げると同時に地面を押す、背中から腕が伸びる意識で、コマの軸の感覚が定まってきた)、
車を運転していて、信号が青になっている確率が増えた、
(乗り換えも含めて、乗りものにスムースに乗れるようになった)
すべきことにしかるべきタイミングで気づく等、
自然な流れで生きている感覚は
出てきたように思います。

たまたまかもしれないけれど。。

気のことは、奥が深く、足を踏み入れたばかりで、「立つ」ということすら難しく、
進歩があった時は、新鮮さと驚きに満ちて、
方法が分からず、進歩がないと思える時は少し辛く、
でも借金を返済していると思えば、忍耐もつき(笑)
先が見えないところが面白く、
生かしてもらっている間は、ラッキーと思って、
最後の日まで、続けたいと思っているこの頃です。

それというのも、家族や周囲の人たちのサポートのお陰、
いつか何かの形で還元できたらと願います。

野鳥にあいさつ

8月は、お隣の林や、家の庭で育ったヒヨドリや、シジュウカラ、
ヤマガラ、そしてメジロのこどもたちが
楽しそうに遊んでいるのを見かけました。

部屋の窓の直ぐ側に巣を作って
子育てしていたヒヨドリのたくさんのこどもたちも、
無事に育ってくれたのです!

心配して、そっと覗くと、直ぐに親鳥が
つがいのもう1羽も一緒に連れて
目の前にやって来て、抗議しているのか、
大きな声で、「ヒーヒー」鳴くので
「分かった、分かった。」と、見たいのも我慢していたので、
いつ巣立ったのか、見逃してしまい、心配していたのです。

私は、五行というポーズをして、静かに庭で立っているのですが、
怖いもの知らずのこどもたちは、
「なにやってるの?」と言わんばかりに
順に近くに寄ってきて、代わる代わる鳴いてくれます。

最初にやってくるのが、シジュウカラとヤマガラで、
真正面に止まって、
ピチューとか、ジージーとか鳴きます。
「ピチューちゃんとガラちゃん!」と私も挨拶します。

お腹が白黒か、オレンジ色で、元気よく鳴くので、よく目立ち、
直ぐに分かります。

その次に来るメジロは、緑色で、小さい上、
葉っぱにさりげなく隠れて分かりにくいのですが、
チチチ・・と小さな声で鳴くので、直ぐに見つけて、
「いたいた、メジちゃん。」

最後に来るヒヨドリは、いつも2羽か3羽で、バサバサ音を立ててやってきて、
ヒーヒー鳴くので、「ヒーちゃん」です。

この3兄弟たちを見ていると、追いかけっこしたり、水浴びしたり、
親鳥の鳴き声を一斉にまねしたり、
口移しで餌をもらったり、食べられない実を食べようとしてみたりと
とても面白いです。

今の季節は、アオゲラや山鳩、セキレイも来ています。

アオゲラは、お気に入りの木があって、そこにやってくるのです。

大きいせいか、動きが大げさで、縦に動き、
臆病なのに、時々家の壁をトントン様子見で叩いて、
「トントンだめよ」と叱られても、またやって来たりして、
とても面白いです。

鹿のお父さんは、窓の直ぐ外で、ちらちらこちらを見ながらも
安心してお昼寝をしていました。

鳥と仲良くなりたくて、「バードホイッスル」という、
紙で出来た小さな笛を口に入れて
色んな種類の鳥の声を出すと、
最初は、とてもたくさんの鳥がやってきて不思議がられましたが、
今では、もうばれてしまい、ほとんど相手にされなくなってしまいました。

鹿たちが、いつも、「しーかくん!」と挨拶している私の鳥の声を聞いて、
びっくりした顔は、忘れられません。

ちなみに、「日本野鳥の会」の創設者の一人、中西悟堂さんは、
子供の頃、厳しい行をしているうちに
小鳥たちが勝手にやって来て、肩や頭に乗るようになったそうです。

野鳥と暮らし、散歩にも、後からついてきたそうです。
なんて素敵な!

残念ながら、私には、手にも乗ってくれませんが、
出かける時には、私を見つけて
「行ってらっしゃい」と言うかのように、飛んできて鳴いてくれるし、
帰ってきた時にも、「お帰り」と言っているように鳴いてくれるので、
私も、「行ってきます!」と「ただ今!」と挨拶を返しています。

もしかして、自分のテリトリーに住む巨人が「出て行ったぞ!」とか
「もう帰ってきた!警戒態勢に入れ!」とか言っているのかもしれませんが。

ただ、最近分かったことは、ヤマガラのカワイイ「ジージージー」という声は
好意的な声だそうで、「ジジジジ・・」という厳しい声は、怒っている声なので、
どちらかというと、「ジージージー」と鳴かれる方が多いから、
ひょっとすると、好かれているのかもしれません。

主人は、私が野鳥と同じテンションで元気よく小鳥たちに話しかけるので、
近所の人や、宅急便の人に恥ずかしいとか、
(実際、話しているのを見つかってしまい、何人かにニコニコされてしまいました)
仲良くするために、もう少し、トーンダウンすると良いというので
今では、少し小さめの声で話しています。

びっくりさせないように。

今年の冬は、手乗りを目指してみます!

シジュウカラ語

初夏の裏山をお散歩するのが、最近の日課になっています。

そして、ブナやケヤキ、モミの大木、
それに、鹿や、リス、小鳥たちに出会うのが、とても楽しいです。

冬の間、ずっと庭に来ていたシジュウカラのいる木を通るとき、
声に出して、「ピチュー!」と挨拶します。

すると、通る度に、シジュウカラの方から、私の姿を見つけると、
「チー、チー、チー!」と鳴いて挨拶してくれるようになりました。

真正面の枝に止まるのもいれば、
隠れんぼするのもいます。

何羽も集まってきて、色んな声で鳴いてくれます。
「ジジジ・・・ピチュピチュー!」

私は、嬉しくて、隠れんぼする小さなシジュウカラを見つけ出して、
色々と話しかけます。

主人が傍から観察した結果、どうも、
シジュウカラたちは、面白がって、「私をからかっている」ということになりました。

「ジジジ・・」は、調べてみると、
言語を使う唯一の動物であるシジュウカラの言葉で
「近づけ」という意味らしいですが、
この「ジジジ」にも、色んなトーンがあり、
良く聞いてみると、色んなシチュエーションで、使い分けをしている様なのです。

ちなみに、「ピチューピ!」は、「警戒しろ」という意味らしいです。

ですが、主人は、私が、空を飛べないので、
シジュウカラは、「ジジジ・・こっち、こっち!鬼さん、こちら!」と方々へ誘って、
来られないと、「やーい!」とからかっているようだと言うのです。

どおりで、シジュウカラが、私の方に集まって来て
隠れんぼをしながら鳴いてくるのか、分かった気がしました。

放っておけば、1時間でも、ずっと鳴いていそうです。

私も、面白いし、友達になりたくてたまらないので、
シジュウカラの心臓の鼓動に出来るだけ波長を合わせて
それは、すなわち、愛の波動なのですが、
話しかけています。

シジュウカラと比べると、動作も鈍く、空を飛ぶことも出来ない、
しかも、シジュウカラ語を話せると思っている、おかしな巨人をからかうのは、
きっと面白いに違いないと、主人と話しています。

通る度に、集まるシジュウカラの数も増えて、
今日は、違う種類の小鳥も来ました。

そういえば、先週も、リスが、寝室の窓にやって来て、
窓枠を登ったり、降りたり、走ったり、落ちたりして、
次男と一緒に窓に顔をくっつけて、「かわいい、かわいい!」と大騒ぎしても、
ちっとも逃げなかったことが、ありました。

何をしに、来たんでしょうか?

自然の中で生かされる喜びが、動物たちのお陰で
随分増しています。

山中湖ライフのご紹介でした。