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フェナカイト

フェナカイトは、自分の内側、魂の声、肉体の声、
内なる神に意識を合わせて対話するには、最適な石です。

私は、ほんのわずかでも時間が出来た時に、
静かに椅子に座って、胸に当てて、疑問に対して、聞いてみると、
ヴィジョンが見えたり、答えが戻ってくるので、スッキリすることが出来ます。

エゴからの見地では無く、完全に平等で、客観的な目からの答えなので、
とても理解しやすいし、納得が出来ます。

過去の出来事など、理解出来ない事、納得出来なかったことなどを聞いても
過去の登場人物の心理状態なども含めて、高い視点から教えてくれるので
抱えてきたトラウマが不要なものであることも瞬時に理解させ、
解消するのを助けてくれます。

人間関係においても、調和の意味、と葛藤からの学び、
その人間関係を選んだわけなど、理解させ、
疑心暗鬼になる事も、避けるよう導いてくれます。

痛みがあるところに、石を当てると、身体のメッセージが聞きやすいです。
身体は、メッセージを聞いてもらいたがっているので、
聞いただけで、不調が緩和することも多々あります。

霊的な付着物がある時には、特定し
神に意識を合わせて、身体の状態を元に戻す手伝いもしてくれます。

守護神と繋がり、何故私と繋がっているのか
自分が何故ここにいるのか、何を使命としているのか、
通訳をしてもらったこともあります。

何より、小さなエゴを抜け出して、
自分を、一つの宇宙として大切に扱い、尊重させるよう促します。

先日は、フェナカイトとの練習の成果もあってか、
母なる地球、また、父なる天の波動と同調し、
全身を神の炎とも言える強く大きな光で包まれる神秘的な体験をしました。

とにかく、「自分」というものに、フォーカスを当てて
自分を知る事を助ける重要な石です。

エゴと、そうでない自分を完全に区別し、
エゴは、削ぎ落とし、本来の自分を取り戻すよう、
強力にサポートします。

「自分を知る」のは、案外難しいことで、
私は、この石に、エゴを削ぎ落とすよう、いつも言われ、
助けてもらっています。

モルダバイトを合わせると、変容を加速します。

もし、波動を読む事に慣れているのであれば、
そして、日々の内的対話による自己研鑽を望むのであれば、
フェナカイト(特にロシア産)は、一番お勧めしたい石です。

ヘルデライト体験談

「ヘルデライト」と波長を合わせてみました。
ヘルデライトは、ロバート・シモンズ氏が、「アセンション7」、「シナジー12」の一つで、
意識を拡大する石として「ブック・オブ・ストーン」(ナチュラル・スピリット刊)に
紹介しています。

ヘルデライトは、面白い石で、言葉にしづらいのですが、手にすると、
身体の内側から反宇宙というか、服を裏返しにしたような、
あべこべの世界が広がっていくのを感じます。

木を見ると、自分自身が木になって、木から見た世界が広がって見えます。

フェナカイトを見ると、広大な宇宙が目の前に広がり、
膨大な情報が頭に入ってくるような感覚がしたかと思うと
みるみる縮小して、自分の中の小宇宙となって戻っていきました。

松ぼっくりを手にして、少し意識を合わせると
松やにの強烈な香り、
内部を流れる樹液の脈動、鼓動、
葉に触れるそよ風、
近くから聞こえる海(湖?)の波の音等
リアルな感覚が迫ってきて、
驚いて、目を開けて、匂いをかいでみても
松ぼっくりは、ただの乾いた松ぼっくりで、何の香りもありません。

湖畔で気持ち良さそうに鳴いているオオヨシキリの声に意識を合わせると
湖の波の音、そよぐ風、美しい景色と一体になっている
鳥の内側の世界が感じられました。

欠点ばかりで全然自信がない「自分」に意識を合わせると、
感受性豊か、愛情を一杯持った、努力家でユニークな一人の人間が
ここにいました。
いいとこ、あるじゃん(笑)

亡くなった母と意識を合わせると、本質はそのままの
ちゃきちゃきの母が、次元を挟んでリアルに存在していました。

神に意識を合わせると
歓喜がありました。

全ては自分であるという感覚。
自分があったところは、空っぽになって、
溶け去り、粒子になり、光になって
自分を取り囲む、壁であり、雨であり、
木々であり、自然と一体になっていきました。

こういった感覚は以前からあったのですが、
より深く、広く、より多くのものごとに簡単に同化し、入っていける感覚があります。

ヘルデライト体験談でした。

内側に意識を向ける

6月に入ってから、いつものやり方を少し変えてみようと思い
意識を内側に向けていくと、
色んな体験をするようになりました。

まず、神棚に立つのを止め、自分の外に神様がいるという前提で、対話するという形式ではなく、
内側にいる神様なり、自分の魂と対話するようにしました。

すると、神様を装った、稲荷などが、近寄れなくなったようです。

これは、大変嬉しい事でした。
こんな簡単な事で。

稲荷も大変勉強になるので、無駄な体験ではなかったとは思いますが、
痛みなどで生活で障害が起こるのは、困った事でした。

内側の魂の声と、肉体の部位それぞれの声に、手を当てて聞いてみると
特に不調を感じるところは、昔の記憶を蓄えていて
「そんなに、聞いて欲しかったんだ。」と
聞けば、次から次へと話してきて
「意外に自分はデリケートだったのに、気づいていなかったんだな、
自分の事、ほったらかしにしていて、
内臓に負担をかけて、悪かったな。」と思ったりしました。

それで、お腹の魂の部分に聞いてみると、
「あれは、悪い思い出になっているけれど、
魂の成長のために、自らチャレンジしようとして
敢えて難しい道を選んだのだ。」とか、
いろいろ別の視点で教えてくれるので、
それを伝えると、身体も、心も納得して、
不快感が消えていくようになってきました。

自分の内側を感じて、それを素直に信じることがカギだったようです。

あと、11日辺りから、異次元に入ったのではと感じることが多くなり、
これは、カコクセナイトとブルッカイトを使っているせいもあるかもしれませんが
面白い夢を立て続けに見ています。

一昨日の明け方の夢です。

薄暗い空の下、3羽の小鳥が止まっている庭の木の枝の隙間から、
赤い鷲のような鳥が、襲ってくるように舞い降りてきたと思うと、
いきなり、首と胴体が分かれます。
あっけにとられていると、
閉まっている窓の外から入ってきて、
眠っている私の目の前に浮いて、私が夢から覚めても覚えていられるように、
描写させてくれました。

男の人の声で、日本語を話しました。
私が、「目が覚めてしまうと、忘れてしまうから、覚えていられるように、
心の中で、描写させて。」とお願いし、デッサンしていると
書き終わるまで、待っていてくれました。

あの赤い鳥は、絶対、私の友達という
不思議な感覚があります。

目が覚めると、夢で見たとおり、外は薄暗く、
でもカーテンが掛かっていて、外は見えない状態でした。。

昨日は、亡くなった母が出てきて、現実とは、ちょっと違う近江市場で
一緒にショッピングをしました。

普通に会話して、「最近、お父さんが不機嫌で困ったものね。」
「うん。うん。」(ちゃんと知っているんだね。)
「ここに来たんじゃ、お父さんのところも行ったの?」
と聞くと、「お父さんのところには、行けない。」
と言うので、「ああ、そうなんだ。」(そうかもしれないなあ。)
という会話でした。

死んだ人は、いなくなったように見えても、
ほんとうは、いなくならないという理解でした。

グランディングの石

周囲の不要な波動を受けなくなるために
感情のコントロール、自己否定を浄化すること、常に神と繋がることが、
完全なグランディングであり、私の最大の課題でしたが、
その課題を意識的に取り組むと、今ではどこにいても、
あまり受ける事がなくなりました。

ただ、常に、欲であったり、思考であったり、言葉、行動においても
逸脱しないように、自分を監視する意識は必要です。

この作業を強力にサポートしてくれたのが、3つのブレスレットで、
ブラウン・トルマリン(ドラバイト)と、ブラック・ラブラドライト、山梨県水晶で、ポケットに入れていました。

「ブック・オブ・ストーン」(ロバートシモンズ、ネイシャ・アーシャン著、ナチュラルスピリット刊)にも紹介されていますが、ブラウン・トルマリンは、自己否定について、徹底的に自己受容へと変容するために己を知る事、客観的に物事に対峙する事、あと、自己否定に向かう精神的なプロセスを客観的に見る事をサポートします。

これによって、正しい視点で、物事を見つめる事を可能にし、
幼稚で自己中心的な視点、「私が悪いんだ。」という縛りから
解放します。

2つめは、ブラック・ラブラドライトで、「クリスタル・ジャーニー」(ジェーンアン・ドウ著、和尚エンタープライズジャパン(株)刊)にも書かれているのですが、シリウスと繋がる事をサポートします。

この石によって、私は今まで感じて来た自己の存在の違和感が
無くなったように感じています。

つまり、自分がどこにいても、何故か異邦人のように感じ、
理由の分からない不安感、自己否定感の中で、埋もれていた自分をやっと解放できた感覚です。

それは、周りとなじめない自分が未熟で、精進が足りないからだとか、
他の人が感じない感覚を持っては、いけないのだとか、
青い女神のような人が、光速より早く、神という一点を目指して
宇宙を飛んでいるのが見えていて、それが私の原型だと分かっていても
そんな馬鹿なはずはないと、否定しなくてはならないとか、
そういう自分が定めた縛りの中での苦しみから、解消されたように思います。

夢で良く行っていたある場所が、いつの時代か分かりませんが
シリウスという出身の星で、元々異星人だったのだから、異邦人で当然と、
認めてしまえば、単純に、こんなに楽だったのかという事です。

この二つの石のサポートを受けて、
足の裏から、いつでも、地球の核(=教え)と繋がり、
グランディングがより安定してできるようになったと思います。

そして、山梨県産の水晶は、富士山、国常立尊の波動を宿すので、
日本人としての魂に共鳴し、大和魂を蘇らせ、正しい道を示し、神と繋がる事をサポートします。

但し、光が強くなるほど、さにわが必要で、その際にも、これでもかと浮上する
内面の欲、恐れ、自己否定と
徹底的に向き合う必要があります。

石に教えを請うて、常に改善を目指し、精進して参りたいです。

シジュウカラ

野鳥のことを書きます。

家に帰ってくると、バタバタ音がするかと思うと、
シジュウカラが一斉に集まってきて、
鳴きます。

「ピチュー、こんにちは。」

と言うと、「ピーチュー」と鳴きます。

近くに飛んできて、黙っている時もあります。

「ジジジ・・」と警戒の声を出す事もあります。

えさを欲しがるので、ひまわりの種を手に乗せて、
「おいで」と言っても
近くに来て、身震いして、乗ってくれません。

それでも、えさがなくなると、仕事部屋やキッチンの窓をのぞきに来て
「ピチュー」と鳴くのです。

主人は、「役に立たない。」とか、「恩知らずだ。」とか言いますが
かわいく鳴いてくれるだけで十分に癒やされます。

それに、今まで主人がえさやりに外に出ると
すごい勢いで逃げて行ったのに、
最近は寄ってきて鳴くので、
「うちで飼っているみたいだな」とまんざらでもなさそうです。

私は鳥の言葉が分からないのですが、
それぞれ、お互いにすきな事を言って、
しばらくお話をするのがとても楽しいです。

今朝は、シジュウカラとお話ししていると
ヒヨドリが直ぐ側にやって来て、「ヒー」とかわいい声で
いつまでも鳴いているので、
えさが欲しいのかなと思い
ミカンを置きましたが、食べた跡はなく、
えさではなかったのかなと思いました。

以前は、鳥たちの方からこんなに話しかけてくれることは
なかったように思いますが、
私たちが気づかなかっただけでしょうか?

分かりませんが、庭に
小さなお友達が住んでいるようで
幸せな気持ちになれます。

石に添えられているハーブについて

時々、「この、石と一緒に送られて来た、袋詰めされた「草」は、何ですか?」と
お問い合わせを頂く事があります。

これは、「ラベンダー」という「ハーブ」で、
ハーブティー用のをオーガンジーの袋に入れて、小分けしてあります。

石を浄化し、保護する働きがあります。

長期、石を使わない場合、ラベンダーと一緒に保管すると
石は、ラヴェンダーの精に守られて
いつまでもクリーンなままです。

また、枕元に置くとよく眠れますし
クロゼットに入れておいたり、
鞄の中に入れて持ち歩いても、良い香りがして
精神を落ち着かせるのにも良いです。

お嫌いでなければ、お使い頂けると幸いです。

ご参考までに・・

モアッサナイト

メッセージは、「時間についての誤解を解き、自由な空間(ハートに存在する「今」)から真理を見いだす。」

手にすると、ダイヤモンドを凌ぐ輝きです。

決して汚されることのない、どこまでも純粋で清らかな「星」といった印象です。

波長を合わせると、
「神の恩寵とは、今この瞬間に存在する。」
「すべて存在していること自体が、恩寵である。」と理解出来、
それ以上もそれ以下でもない、
「究極の完成形の状態」が
この輝きの中に存在しています。

「落ち込んでいる暇はない、くよくよしている暇はないと鼓舞し、
今直ぐ、このハートの中に真実を見るべきだ」と励まします。

真実とは、時間という概念が存在せず、
「今」現在のみがハートの中に存在すること、
また、自他の距離も実は存在しておらず

その今という瞬間に意識を置くことは
ネガティブな感情や欲から解放され
全てを生きていること自体を贈り物として受け取り、喜んでいる状態にいることを意味し、
他のものとの境界線が希薄になり
共存する仲間
共に地球に生かされている仲間として
感謝と喜びと思いやりの中で自然、天地と人とが繋がること
同時に、他者に見えていたものは、
実はもう一人の自分であったことを意味する。

(宙に浮くことなく、重力でつなぎ止められることなく
丁度中間のゼロ磁場という感覚で静止しながら回転し続け、
流動的で自由な空間に身を置くことが出来、その)

与えられた空間で自分がどうあるべきか、どうありたいか、
全て自分で決められるのであれば、
最も良い状態に意識を持って行くことこそが
自分の使命であり、義務であり、責任であることを
知らしめる石。

現実的に、恐れることなく、エネルギーを無駄なく使って
「良い意識を保つ」という目的を達成するために、
必要な過程、道筋を指し示し
最短で結果に結びつくよう励まし、サポートするようです。

また、今という瞬間に、過去も未来も含まれるために、
全ては、今ここに、共にあるために、
「愛情に満ちた心で、自他共に育む意識でいる。」以外、
必要はないことを教えます。

同時に、過去における間違いは、「今」理解し、修正することで、「過去」も修正され
カルマもこの智慧により解消されることを教えます。

今ある時間という概念に意識的に縛られていることを自覚させ
今この瞬間しか存在せず、その瞬間に生きることは「自由」を意味し、
この瞬間しか存在しないために、
今を正しく生きることは、過去も未来も即修正することになり
どの「瞬間」も大切にする意味の大きさを教えます。

また逆説的に、大切にすべきは、この瞬間という「永遠に存在する心」であり
心を常に清らかで、幸せな状態に保つことで
時空を越えた、真の自由が生まれることを教えます。

地球の圧力の中から生まれた、神の道に沿うよう、強靱な意志を持つよう促すダイヤモンドと、
モルダバイトのように自分の起源を思い出させる隕石、そして水晶。
その三つの心を併せ持つ石、モアサナイト。

地球上の物質を使って、隕石に含まれた宇宙由来の鉱物として作られ
生まれた、星の種。

純粋であることがこれほど気持ちの良い、幸せな感覚をもたらすのかと思うほど
忘れていた無垢な、子供の、または、天使の心を思い出させる石です。

ただ光ってきれいなだけでない、独自の波動があり、
時空に縛られない答えが含まれています。

難しく考えすぎた時や、分からなくなってしまった時に
そんなに考えなくても、迷わなくても
単純であること、清くあることが、既に答えであることを
教えています。

神の愛はここに、そよ風の中に、小鳥のさえずりの中に
太陽の光の中に存在しているように、
モアサナイトも同じメッセージを発しており
理屈など複雑なものがない
今ここに喜びを見いだして生きること
単純なところにこそ、答えはあるのだと
説得のしようもない真理がここにあるように思います。

今年もどうぞよろしくお願いたします。

待ちに待ったリスが、今朝やって来ました。

昨日はマイナス17度で、こんなに沢山野鳥が来ているのに、
リスはどうして来ないのかなと
心配していました。

『甘やかしすぎだ』
『丸々太っている。』
『美味しそう。』(または、『喰っちまうぞー』)
『ダメになる。』
『図に乗る。』(『誰のお陰で楽しませて
もらってると思ってるんだ?』と逆に聞かれる。)

等々、色々言われつつも、
手分けして、せっせとひまわりの種を与え続け、
もちろん、シジュウ(カラ)やヤマガラも十分楽しみましたが、
やっとリスがやって来たのです。

こんなに愛されているのに、随分用心深いリスで
なかなか写真も撮らせてくれません。

捕まえて、頭から食べてしまいたいくらいの
かわいらしさです。

寒い中、ほっこりと安心して、
余ったひまわりの種を下に見て
木の枝でひなたぼっこをしている、普段敏捷なヤマガラを見ると
こちらまで、満たされた気持ちになります。

今朝は、リスがたっぷりと食べ終わった後、
カケスがすかさずやって来て、
慌てて喉袋に詰め込んでいました。

カラスの仲間で、大きな身体なのに、
動きはまるで小鳥で、可愛らしく振る舞い
ピルルと小鳥のまねをして鳴くので、
笑ってしまいます。

それにしても、喉袋の種は、一体どこに隠すのでしょう?

仕事をしていても、お皿を洗っていても、
食事をしていても、えさが無くなると、窓から部屋を覗きに来ます。

目の前でホバリングされると、
びっくりしますが
本当にかわいいです。

山中湖の娯楽、リスと野鳥のご紹介でした。

サンタはいるか。

クリスマスが近づいて、美しいアニメの映画(「ガーディアンズ」 伝説の勇者たち)を見たり
絵本(「サンタさんのトナカイ」)を読んで、
サンタの存在に半信半疑だった小4の次男は、

「やっぱり、信じてあげないと、子供達のために
一生懸命働いてくれているサンタさんが、かわいそう。」
という意見になってきています。

中1の次男は、どのような計算か、誰から仕入れた情報か分かりませんが
「サンタさんが一日で、日本中の子供達にプレゼントを配るには、
マッハ10の速度で動かなくてはならないし、
そうすれば衝撃波が生じて、家が吹き飛んでしまうから
家が吹き飛んでいないって事は、サンタはいないという事になる。」

次男:「サンタは目に見えないから、衝撃波は起こらないもん。」

長男;「サンタが本当にいてプレゼントを子供達全員に配ったら
どんだけ金がかかると思ってんだ。
プレゼントはタダだと思うなよ。」

主人:「オヤジ・・・。」

どちらも、一応、サンタの身になって考えてみてくれたことが
親としては有り難い思いです。

4年生、中学生ともなると、「ゲーム以外」で、プレゼントとなると
相当頭を使わなくてはならず
大変なんですが。

とにかく、心は愛情一杯で、クリスマスまで、
クリスマス以降も、毎日を大切に過ごしたいと思います。

 

 

サンタの声

夜、家に帰ってきて、小四の次男が、「あっ、フクロウだ!」と言いました。

どれ?と耳を澄ますと、本当に、「ほーっほーっほっほほーホホホホー」と聞こえます。

「ああ、あれは、もしかしたら、サンタさん?」
「サンタさんって、実はフクロウだったのかも。」と言うと

何という勘違い。ばかばかしくて相手にならないという顔で、私を見ます。

でも、絵本では、サンタさんは、「ほほほーい!おーい!ノンターン!」と言うし、
本当にそう言うのだとしたら、きっとサンタはフクロウに違いありません。

4年生になって初めて、実はお父さんとお母さんがサンタに相談をして
良いと言われたものだけを自分達で用意するのだということを
白状した矢先、
サンタがフクロウなどと言うと、ますますつじつまが合わなくなって、
混乱しているか、信用出来ない親だなぁと思っているかもしれません。

それでも、どうしたら、または、何であれば、サンタに良いと良いと言ってもらえるか
(つまり、結局は、親に。)
考えあぐねている次男でした。