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サンタはいるか。

クリスマスが近づいて、美しいアニメの映画(「ガーディアンズ」 伝説の勇者たち)を見たり
絵本(「サンタさんのトナカイ」)を読んで、
サンタの存在に半信半疑だった小4の次男は、

「やっぱり、信じてあげないと、子供達のために
一生懸命働いてくれているサンタさんが、かわいそう。」
という意見になってきています。

中1の次男は、どのような計算か、誰から仕入れた情報か分かりませんが
「サンタさんが一日で、日本中の子供達にプレゼントを配るには、
マッハ10の速度で動かなくてはならないし、
そうすれば衝撃波が生じて、家が吹き飛んでしまうから
家が吹き飛んでいないって事は、サンタはいないという事になる。」

次男:「サンタは目に見えないから、衝撃波は起こらないもん。」

長男;「サンタが本当にいてプレゼントを子供達全員に配ったら
どんだけ金がかかると思ってんだ。
プレゼントはタダだと思うなよ。」

主人:「オヤジ・・・。」

どちらも、一応、サンタの身になって考えてみてくれたことが
親としては有り難い思いです。

4年生、中学生ともなると、「ゲーム以外」で、プレゼントとなると
相当頭を使わなくてはならず
大変なんですが。

とにかく、心は愛情一杯で、クリスマスまで、
クリスマス以降も、毎日を大切に過ごしたいと思います。

 

 

サンタの声

夜、家に帰ってきて、小四の次男が、「あっ、フクロウだ!」と言いました。

どれ?と耳を澄ますと、本当に、「ほーっほーっほっほほーホホホホー」と聞こえます。

「ああ、あれは、もしかしたら、サンタさん?」
「サンタさんって、実はフクロウだったのかも。」と言うと

何という勘違い。ばかばかしくて相手にならないという顔で、私を見ます。

でも、絵本では、サンタさんは、「ほほほーい!おーい!ノンターン!」と言うし、
本当にそう言うのだとしたら、きっとサンタはフクロウに違いありません。

4年生になって初めて、実はお父さんとお母さんがサンタに相談をして
良いと言われたものだけを自分達で用意するのだということを
白状した矢先、
サンタがフクロウなどと言うと、ますますつじつまが合わなくなって、
混乱しているか、信用出来ない親だなぁと思っているかもしれません。

それでも、どうしたら、または、何であれば、サンタに良いと良いと言ってもらえるか
(つまり、結局は、親に。)
考えあぐねている次男でした。

 

最近感じたこと

ここ最近、感じることは、とにかく
どんな自分の欠点にも目をつぶらず心の掃除をすること、
また、他人のどんな欠点を見ても、嫌うこと無く受け入れ尊重すること
心を透明に正しく保つようにということです。

自分の悪い心を見て、葛藤して
どうしても制御できない時に神棚に立つと
過去生でその因縁となるものを見せて頂き
なるほどこれだから自分はこんな性質があり、
今それと向き合い精算するチャンスを与えて頂いているのだと
理解出来ることもあります。

悪い心が自分を悪い神様にし
良い心が良い神様とする。

自分の心が全てだから
常に心の状態を正しく守りなさい。

遠い過去が実は今も現時点に継続し存在し
現在に転写されて、
今を修正することで
過去が清算され
よい未来に繋ぐために
今というものが存在している。

だから過去も未来も
本当は無く、
今に集約されているだけ。

だから今この瞬間を
常に自己と向き合い、
過去を清算するために
自分の弱さと向き合い、
間違ったことを直す強くてきれい心を
育てるように

それが周りの環境にも
非常に大きな影響を与えると
繰り返し言われています。

毎日、自分の心をチェックし
身体の波動をチェックし
正しい神様と繋がっていられるよう気を遣い
受け取ったメッセージが正常なものか
心の中で確かめています。

ぶれている時は、辛いですが
正しい事を祈れば、
必ず正しいアドバイスが受けられます。

石は、そういった神様と自己との
コミニュケーションのために神棚に置き
また、自分も身につけます。

エゴの強さがいつかは
減っていきますように。

人が間違っていたとしても、
人を尊重し、受け入れる心を育てることが出来ますように。

無くしたピアス

先日ダイヤモンドのピアスの片方を伊豆の温泉で無くしてしまいました。

主人に買ってもらって大切にしていた私のたった一つのピアスでした。

髪を洗った後にふと気づいた時には、キャッチしか残っておらず
必死に排水溝まで探しましたが、見つかりませんでした。

やはり外しておけば良かった。

もの凄い水流で、しかも大きな網の目の排水溝でした。

主人は、「また買ってあげるよ。」と慰めてくれましたが、
いつもあたたかく私を見守ってくれていたあの石に申し訳無く
また、折角買ってくれた主人にも申し訳無く
ただ、「執着するのは良くない。死んだら持って行けないのだから。
海の神様にお返ししたと思おう。」と
自分に言い聞かせて夜中悶々としていました。

ところが、目の前に見えるのは、真心こめて差し出された
お盆の上のダイヤモンドのヴィジョンです。

まさか。フロントで旅館の人に確認したのですが、
あの排水溝は直接浄化槽に流れ着くとのことで
探すのはかなり大がかりな工事となり、
探しようがないとのことでしたので。

ダイヤのヴィジョンは無理矢理消し去って
忘れることにしようと思いました。

二日目。

チェックアウト後に、子供達をプールで遊ばせている時に
旅館の方が、「榎本様いらっしゃいますか?」と
駆けつけて来られました。

「無くされたのは、こちらのピアスでしょうか?」

目の前には、チャック袋に入れられたポストの曲がった私のピアスが。

もう片方の耳には、残ったピアス。

あまりのうれしさに、その方の手を握りしめて何度もお礼を言いました。

きっと大変な思いで探して下さったに違いありません。

なんて迷惑な客でしょう。

そのお客に対して、この誠実さ。

本当に感激しました。

あの温かな手のヴィジョンは本当だったのだと
思い返しました。

人の温かさ、誠実さ、これによって
人は生かされているんだなあと
感激ひとしきりです。

ダイヤモンドもまた、誠実な波動の塊で
「帰ってきたよ、あなたのもとに。」と
輝いてくれました。

次からは、お風呂に入る時には、決してピアスは着けませんと
決心いたしました。

オクイボタの白い花

オクイボタの白い花が良い香りをさせています。

普段は目立たない、地味な木ですが
この季節には、森を良い香りで満たす
素晴らしい役割を果たしてくれています。

昔の話ですが、
このイボタの花を見せたくて、
シマリスのかごを窓際に置いたら
シジュウカラがやって来て
イボタの枝の上で鳴き始め、
リスも一緒に鳴いて合唱していたことを
思い出しました。

思い出に胸が一杯になり、
「素敵な思い出を有り難う。」

涙目で感謝を伝えると
突然涼しい風が窓から吹き込んで、
部屋一杯にイボタの香りで
満たしてくれました。

「喜んでもらえて、私も嬉しい。」というイボタの気持ちを
風が通訳してくれたようでした。

精一杯与えられた環境で生きて、
惜しみなく与えようとする
どこまでも豊かな心から
また、一つ教わったように思います。

与えられた役割を演じる

最近、立て続けに、家族の課題について
メッセージを受け取っています。

それぞれの課題は違いますが
共通して言えることは
「与えられた持ち場を守り、役割を演じきる」ことです。

おままごとにたとえるなら、お母さん役は、徹底して
私情やトラウマは抜きにして
正しくお母さんを演じる。

お母さん役になりきれていない部分はどこか、
謙虚に見直す。

良いお手本があれば、そこから学び
身につける。

一生学び、死ぬまで直し続ける。

それが大切と
繰り返し言われています。

肝に銘じたいと思います。

山の神様から

新緑のシャワーが気持ち良くて
最近週末はいつも裏山にハイキングに出かけます。

苔むしたケヤキや楓などから
「生き方のお手本」としてのメッセージを頂けるので
毎回、山は新鮮です。

昨日、途中で急に腰が痛くなり
何のメッセージかと耳を傾けると
山の神様でした。

叱られているようなので、よく聞いてみると

「登る人の心がけが清くなければ
山は汚れてしまう。

登っているのではなく、
登らせて頂くという謙虚な気持ちを
忘れずに、
清い心で一歩一歩を歩んでほしい。」

とのことでした。

しばらくすると、山中なのに
エンジン音がしてきました。

突然、4台のバイクが現れました。

ああ、このことだったのか。と思い、

「山の神様が怒っていましたよ。」

と最後の一台に向かって、独り言のように
魂には聞いてもらえるかもと、
祈るように
話しかけました。

禁止されていることは、
入り口にも書いてあるから
聞く耳を持たない人に
神様のメッセージを伝えるのは
難しい事です。

せめて私は気をつけようと思いつつも
帰り道は、山の神様の使いの精霊のお説教を
ずっと聞きつつ
家に帰ると、ぐったりでした。

精霊は、こう言っていました。

「人間は、一人で生きていると思っているけれど
取るに足りないように見える
周りの自然達に生かされている。

それに気がつかず、傲慢な態度を改めようとしない。

意識を変えることが大切。

謙虚な心。

自然を思いやるやさしい心。

目に見えないものに対する一体感。

そうった基本を人間は忘れている。

ほんのわずかな圧力を木の根元は感じている。

その上を通らせてもらうことに
何の感謝も、悪びれも無く
素通りする無礼を
ゆるしてもらい続けて
この地を汚していけば
いずれ災害が起こったとしても
それは人間のなした業によるものだ。

人間は、いつになったら気がつくのだろう。」

道すがら、頭がくらくらする4次元ポータルを通り、

亡くなった女性や狸の思いも受け取り

山の王国から

家に「無事」帰らせて頂けました。

ケヤキ

ふとダイニングの窓から
新緑のケヤキを見ると
以前弱って病気だった葉っぱが
生き生きと輝いて、風にそよいでいます。

毎日見ているのに、気づかなかった。
ケヤキに聞いてみると

「神の御言葉があれば、その波動で生きていける。」

とのこと。

そういえば、このケヤキは神棚の丁度正面に立っています。

今朝、スーパーセブンを手に神棚でご挨拶すると
光が降りて来て

「神の叡智と栄光は、それを生きるものに相応しく、
それを生きるものに与えられる。

大地にしっかりと根を生やすように、神の教えを生きなさい。」

主人に言うと、「ケヤキは神の木なんだよ。」

ケヤキのことを、小鳥もリスも大好きなのです。

私たちも、この土地のケヤキに恋して
引っ越して来ました。

私も、ケヤキのように、
生きたいです。

お祝い

こどもが、誕生日のかなり前から、
「お母さん、お誕生日おめでとう。」と
言ってくれています。

これから、大きくなって、「お母さん」のことなんか
忘れてしまうかもしれない
そんな時の分としようと
感激で胸が一杯になります。

神様が私に下さった贈り物を
心から大切にしよう
させて頂こう。

この一年の私自身への贈り物は
こどもを大切にすること
言葉を少なくして
人の心と言葉に耳を傾けること
欲を少なくすること
です。

既に頂いているものに
感謝して
大切に
過ごしたいと思います。

 

 

コノハナサクヤヒメからのメッセージ

コノハナサクヤヒメからの緊急のメッセージがあり、
ここにお伝えさせて頂きます。

地下の溶岩の流れが北上してきており
それは、幽界の混乱と連動しており
幽界の波動を浄化するのは、
生きている人の心だそうです。

清らかで思いやりのある心。

生きている人が、清い生活を行うことこそが
何よりも大切な事であり
余分な欲を削ぎ落とすことが
大地の痛みを軽減させ
マグマを鎮めることができるとのことです。

日本という国はご神体であり
富士山は心臓部にあたり
コノハナサクヤヒメは、富士山に奉られる
女神です。

霊的なことを証明することは出来ません。

これは、いつものように、
私の身体が激しい痛みを感じ
その感じたものを
パズルのピースをはめるように
言葉にして行く作業なので
間違いもあるかもしれません。

その場合は申し訳ありません。

ですが、私はこの星の塵で
地球と繋がっています。

地球が痛ければ、私も痛くて当然です。

きっと他にも体調不良の方が
いらっしゃるかもしれません。

心当たりがあれば、
コノハナサクヤヒメの言葉を借りた
地球のメッセージに心の耳を傾けて
生活に生かして頂けたらと思います。

 

 

野鳥観察

野鳥のことを書きます。

15年前に山中湖に引っ越して来たときには
別荘地ということもあり、周りに家もなく
冬場野鳥が見たくてえさを撒きはじめたら、
向こう20メートル先の道路に、10人以上もの望遠カメラをもった人たちが
レンズをこちらに向けて並んでいました。

庭やアプローチには大きな集音マイクを抱えた人がいたりして
私が挨拶をしに行くと、もの凄い勢いで逃げられたりしたこともあり
仕舞いには家を出入りするのが恥ずかしくなって
一人で家に閉じこもっていたのを懐かしく思い出します。

お隣の方は、ご自分も野鳥が好きで、
こんなにたくさん野鳥が見られるのは嬉しいと
東京から引っ越していらっしゃいました。

その方のお庭には池があり、小鳥たちの水飲み場になっています。

子供達が生まれて大きくなり一段落すると
やっと野鳥をもう一度楽しみたいという気持ちの余裕が生まれ
今年の冬も毎日2回ひまわりの種を撒きます。

色んな種類の鳥の、それぞれの性格、それぞれの鳴き声の特徴を
見て、聞いて楽しみます。

今では、大好きなシジュウカラの鳴き声のトーンで、
どんな気持ちなのか、つまり、どのくらいお腹が空いているのか(笑)
多少は分かるようになりました。

一生懸命鳴いて、窓の内側を覗いて、今日は雪だから
雨だから、お腹空いたって言ってると主人に言うと
甘やかすなと言うのですが
私にせき立てられて、えさやりに行ってくれます。

イカルは、律儀で、他の仲間が全員揃うまでは、えさ場に近寄らず、
礼儀正しく、カワラヒワのように喧嘩せず
(喧嘩もかわいいですが)
お行儀良く食べ終わった後は、聞いていない時にも
気づくと、とても美しい声で皆で鳴いてくれています。

他にもユニークな性格の鳥たちが
色んな仕草、首のかしげ方、枝のとまり方を見せてくれて
楽しませてくれます。

のんびりした山鳩とセンダイムシクイ、
すばしっこくて賢い山雀
時々家の壁をどんどんつついて困らせる青ゲラ
とまり方が変なアカゲラ
あと、昔はキジが良く来ました。
みんなとてもかわいいです。

他の地域ではどこもあたたかく春が来ているのに
山中湖はまだまだ寒く、桜はゴールデンウィーク前です。

長すぎる寒さの中、野鳥のかわいらしさは心を和ませます。

あと、リスが来ると、一日とても幸せな気分です。

リスが、他のお友達を連れてくることもあります。

窓の内側から、リス、リス、リス、かわいい!と叫んで大騒ぎします。

たぶんリスにも聞こえていると思います。

野鳥とリスのご紹介でした。

 

3・11に向けて

神棚の前で個人的な心構えを聞きました。

「慢心してはいけない。

生かされている事の意味を改めてかみしめなさい。

清く淀みない心で生きなさい。

謙虚でいなさい。

亡くなった人たちのこの世に残した思いに心を馳せて
あなたが清く正しく懸命に生きることが
その人たちへの手向けとなるという気持ちで
心新たにして生きなさい。」